2011年度研究内容

思春期チンパンジーにおける数字系列の記憶研究(井上紗奈・平田聡・山本真也・田代靖子・座馬耕一郎)
タッチパネルとコンピュータを用いて数字系列の記憶課題のトレーニングをおこなった。課題基準達成について、先行研究でおこなった子どもやおとなとのパフォーマンスの違いを比較した。この研究は科学研究費(基盤(B)・平田聡、若手(B)・井上紗奈)の助成を受けた。

チンパンジーにおける写真系列の学習研究(井上紗奈・平田聡・山本真也・田代靖子・座馬耕一郎)
性周期の視覚的把握についての検討をおこなうため、昨年度に引き続き、タッチパネルとコンピュータを用いて性皮写真を刺激とした系列学習をおこなった。訓練を継続中である。この研究は科学研究費(基盤(B)・平田聡、若手(B)・井上紗奈)の助成を受けた。

チンパンジーにおける性皮腫脹の有無における個体選好について(井上紗奈・平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心)
性皮腫脹のある個体、ない個体によって新奇個体への選好がおきるかどうか、アイトラッカー装置を用いた視線検出から検討した。オスにおいてのみ、性皮腫脹の有無における個体選好がおきることが示唆された。この研究は科学研究費(基盤(S)・藤田和生、基盤(B)・平田聡、若手(B)・井上紗奈)の助成を受けた。

他者の過去記憶について(井上紗奈・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心)
チンパンジーが他者をどのようなイメージで記憶しているかについて調べるため、アイトラッカー装置を用いた実験をおこなった。第一段階として、過去にGARIに所属した人の写真をチンパンジーに呈示し、視線の動きを計測した。この研究は科学研究費(基盤(S)・藤田和生、基盤(B)・平田聡、若手(B)・井上紗奈)の助成を受けた。

野生チンパンジーにおけるワカモノメスの行動(井上紗奈)
タンザニア、マハレ山塊国立公園に生息するチンパンジーを対象に、移入ワカモノメスと、群れ育ちワカモノメスの行動の違いを比較するため、性皮腫脹を指標にした行動調査をおこなった。この研究は科学研究費(若手(B)・井上紗奈)の助成を受けた。

野生チンパンジーにおけるアルファオス殺し(井上紗奈)
タンザニア、マハレ山塊国立公園のM集団において、アルファオスが群れのオスに殺される事例に遭遇した。その殺害と、オス間関係の変化について検証をおこなった。Kent大学のStefano S. K. Kaburu氏とNicholas E. Newton-Fisher氏との共同研究である。この研究は科学研究費(若手(B)・井上紗奈)の助成を受けた。

野生チンパンジーが目を覚ますきっかけ(座馬耕一郎)
野生チンパンジーが夜に発声することは知られているが、その理由は明らかでない。そこでチンパンジーがどのような要因で目を覚ましているのかを調べた。調査はタンザニア、マハレ山塊国立公園に生息するチンパンジーM集団を対象に、夜間観察をおこなった。聞こえてくるさまざまな音や声を記録し、目を覚ますきっかけとなる要因として、社会的要因(チンパンジーの声や活動音)、環境要因(他の動物の声や活動音)、生理的要因(夜の排泄)に分類し、それぞれがチンパンジーにどのような影響を与えるか分析した。

飼育チンパンジーの寝相の季節・時間帯による変化(座馬耕一郎・不破紅樹・洲鎌圭子・田代靖子・平田聡・楠木希代・井上紗奈・藤田心)
2008年度より飼育下および野生下のチンパンジーの寝相について調査をおこなってきたが、これまで1年を通した調査はなかった。そこで本年度は飼育下のミサキとハツカの寝相が季節によりどのように変化するか調べた。各月につき1夜分の資料について10分毎のスキャンサンプリングをおこなったところ、各個体とも夏に仰向けが多く観察され、冬には少なかった。また眠り始めの時間帯にも仰向けが多く観察され、明け方には少なくなっていたことから、チンパンジーは気温によって寝相を変化させていると考えられた。この研究は、京都大学野生動物研究センター共同研究の助成を受けた。

オナガザル2種の生態学的・社会学的研究(田代靖子)
ウガンダ共和国カリンズ森林においてロエストモンキー(Cercopithecus lhoesti)とブルーモンキー(C. mitis)の野外調査をおこなった。両種の採食生態に関する資料および群れ間関係や遊動域の変化に関する資料を収集し、分析した。また、ロエストモンキーの対象群について個体識別をおこない、個体追跡によるデータ収集を実施するための基盤を整えた。この研究は科学研究費(基盤(A)・五百部裕)の助成を受けた。

チンパンジーと社会的カテゴリー(田代靖子・平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心)
伊藤詞子氏(京都大学)との共同研究。ヒトである観察者が動物に自明のものとして当てはめるオス/メス、オトナ/コドモ、母親/子、優位/劣位といった区分が、当の動物たちにとって実際の相互行為のなかでいかに組織化されるのか/されないのかを明らかにすることを目的とする。観察の中心となった形態計測場面では、チンパンジーだけでなく、ヒトを含む相互行為が展開される。そこで、同種個体間、異種個体間で、どのように相互行為を組織立てていくのかに注目して、観察とデータ収集をおこなった。この研究は科学研究費(若手(A)・伊藤詞子)の助成を受けた。

飼育ボノボの道具使用行動(田代靖子)
野生チンパンジーにおいては、多くの調査地で様々な道具使用行動が観察されているのに対して、野生ボノボでは道具使用がほとんど観察されていない。一方、飼育下のボノボでは道具使用行動が数多く観察されている。そこで、コンゴ民主共和国キンシャサ市のボノボ孤児保護施設「Lola ya Bonobo」において、道具使用行動が発現する要因を明らかにするための予備観察をおこなった。

他者の意図的行為の理解(平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心)
明和政子氏(京都大学)との共同研究。モデルとなる人物が、物を用いてある目的を達成する場面、目的に失敗する場面、あるいは無意味な行為をする場面を演じたビデオを提示し、これらのシーンをチンパンジーが見た際の視線の動きをアイトラッカー(視線検出装置)によって検出した。チンパンジーもヒトと同様にモデル人物の動作に対して予測的な視線を示すが、顔を見る頻度が低いことが明らかとなった。この成果についてNature Communications誌に論文を公表した。この研究は科学研究費(基盤(S)・藤田和生、基盤(B)・平田聡)の助成を受けた。

チンパンジーとヒトの眼球運動に関する比較研究(平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心・井上紗奈・山本真也)
狩野文浩氏(京都大学)との共同研究。モニター上の様々な場所に短時間だけ提示される静止画もしくは動画に対して、チンパンジーがどのような眼球運動をおこなうのかアイトラッカーによって計測した。得られた結果を、同様の手続きにて計測されたヒト、ゴリラ、オランウータンのデータと比較した。ヒトに比べて大型類人猿は注視点の移動のパターンが異なることが明らかになった。この成果についてVision Research誌に論文を公表した。この研究は科学研究費(基盤(S)・藤田和生、基盤(B)・平田聡)の助成を受けた。

アイトラッカーを用いた自己の行為の計画に関する実験研究(平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心)
狩野文浩氏(京都大学)との共同研究。ゴーグル型アイトラッカーを装着したチンパンジーに様々な道具を提示し、状況に応じて道具を選択する際の視線の動きを測定した。チンパンジーが自己の行為の計画をいかにおこなっているのかについて、予測的視線の出現の有無という観点から検討することが目的である。場面に応じて変化する視線について予備的データを得た。この研究は科学研究費(基盤(B)・平田聡)の助成を受けた。

タッチパネル課題を用いた情報希求行動の研究(平田聡・田代靖子・座馬耕一郎・井上紗奈・山本真也・藤田心)
タッチパネルを用いた系列学習課題を利用して、情報希求行動について検証した。3項目からなる系列学習課題において、次に選択すべき項目についてのヒントを得ることができる仕組みを導入した課題を用いた。これによって、学習の初期には積極的にヒントを活用し、学習が成立したらヒントの使用頻度が減少するという具合に、自身の学習習熟度合いに応じて情報希求行動を調整するような行動パターンが見られるのか検討した。その結果、チンパンジーもある程度柔軟に情報希求行動をおこなうことが示された。この研究は科学研究費(基盤(S)・藤田和生)の助成を受けた。

ナッツ割り道具使用の動作三次元解析(平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心・井上紗奈・山本真也)
Blandine Bril氏およびGilles Dietrich氏(フランス高等社会科学研究所)との共同研究。2011年1月までに、ナッツ割り道具使用の実験場面において、ハンマーの重さの違いに応じてチンパンジーの動作が異なるのか三次元動作解析によって検討する実験をおこないデータを得た。得られた結果の一部をThe Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences誌に論文として公表した。この研究は科学研究費補助金(若手(A)・平田聡)の助成を受けた。

野生ゴリラの観察(平田聡)
ルワンダ共和国ビルンガ火山群において、同所に生息する野生ゴリラの観察をおこなった。いずれも単雄複雌の計3群を追跡観察し、母子関係や子ども同士の遊びなどについてビデオ記録した。この研究は科学研究費(特別推進研究・松沢哲郎)の助成を受けた。

形態計測(不破紅樹・洲鎌圭子・平田聡・楠木希代・藤田心)
チンパンジーの身体的発達を把握するため、形態計測を継続した。長育、量育、幅育、周育に関する身体の代表的な部位41項目65箇所の計測を、毎月2回、各個体に実施した。縦断的に計測することで、チンパンジーの加齢に伴う身体的変化を把握すると同時に、運動能力など身体機能との関係を検証する。

視線検出装置を用いた道具使用テクニックの社会学習実験(山本真也・平田聡・井上紗奈・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心)
他者の道具使用行動を映像で提示し、他者の道具使用テクニックを観察学習できるかどうかを検討した。また、その際にチンパンジーがどこに注目するかを、視線計測装置を用いて測定した。他者のテクニックを観察によって学習する能力は、ヒトでみられる累積文化の基盤ともなる能力である。今後の分析を通して、チンパンジーとヒトの共通点・相違点を探り、累積文化の進化的基盤を解明することを目指す。この研究はボノボ(林原)研究部門寄附金、科学研究費(基盤(S)・藤田和生、若手(A)・平田聡、研究活動スタート支援・山本真也)の助成を受けた。

野生ボノボの行動調査(山本真也)
コンゴ民主共和国ワンバ村にて、野生ボノボの行動観察をおこなった。ビデオカメラを用い、主に食物分配に関するデータを収集した。食物分配にかんしては、①相手の要求に応じて果実の一部が平和的に受け渡される、②分配者の大半はおとなのメスで、おとなのオスは分配者にも被分配者にもなることも稀である、③少なくとも食物のやりとりでの互恵関係はみられない、などのことが示された。これまで食物分配の進化に関する仮説は、主にチンパンジーの肉食分配を基に作られてきた。ボノボ果実分配の詳細な分析から、食物分配をはじめとする協力・利他行動の進化について新たな仮説が提出できる可能性がある。ほかに、集団での道渡り行動、母親による過保護事例、隣接群との離合集散、道具使用行動などを観察・記録した。この研究はボノボ(林原)研究部門寄附金、科学研究費(研究活動スタート支援・山本真也、ITP-HOPE・山本真也)の助成を受けた。

野生チンパンジーの行動調査(山本真也)
ギニア共和国ボッソウ村にて、野生チンパンジーの行動観察をおこなった。ビデオカメラを用い、主に協力行動に関するデータを収集した。ボッソウのチンパンジーは、ヒトが通る村道を渡るときに集団での協力行動をみせる。渡るときの集団サイズ、渡る順序、見渡し行動、などを記録した。野生ボノボの道渡り行動との直接比較も視野に入れて分析を進める。ほかに、孫に対する祖母の養育行動がみられた。ボッソウの生態的環境・社会的要因も絡めて分析をおこない、ヒトを特徴づける祖母協力行動の進化について検討する。葉の薬用利用、採食テクニック、道具使用行動における道具の選択・事前準備、食物分配などに関するデータも収集した。この研究はボノボ(林原)研究部門寄附金、科学研究費(特別推進・松沢哲郎、研究活動スタート支援・山本真也)の助成を受けた。

ブータンにおける環境教育に関する調査(山本真也)
ブータン王国において、野生動物・環境教育に関する現地調査を実施した。1967年に中尾佐助氏(元京都府立大教授)・1985年に京大山岳部が通ったルートをたどり、自然や文化の経年変化を追うフィールドワークをおこなった。また、各地の小・中学校や環境保護団体等を訪れ、環境教育に関する情報・資料を収集した。ブータンの環境教育の根底にあるのがチベット仏教であるという。科学と宗教が調和したブータンの環境教育を分析することは、環境教育のみならず、今後の科学のあり方を考えるうえでも非常に有益であろう。この研究は科学研究費(研究活動スタート支援・山本真也、AS-HOPE・山本真也)の助成を受けた。