2010年度研究内容

写真系列の学習研究 (井上紗奈・平田聡・山本真也・田代靖子・座馬耕一郎)
 性周期の視覚的把握についての検討をおこなった。性皮腫脹段階の違いを二次元画像から系列的に学習することができるのか、タッチパネル・コンピュータを用いて、写真系列の学習を開始した。この研究は科学研究費(若手(A)・平田聡、若手(B)・井上紗奈)の助成を受けた。       

数字系列の学習・記憶研究 (井上紗奈・平田聡・山本真也・田代靖子・座馬耕一郎)
呈示された数字系列をどのように知覚しているかを調べることを目的とし、先行研究との比較・ヒトとの比較により、思春期における短期記憶の容量について検討している。2009年度に引き続き、タッチパネル・コンピュータを用いて数字系列の学習と記憶課題のトレーニングをおこなった。2011年3月現在、課題を継続中である。この研究は科学研究費(若手(A)・平田聡、若手(B)・井上紗奈)の助成を受けた。

他個体性周期段階の状態についての視線研究 (井上紗奈・平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心・山本真也)
視線検出装置を用いて、性皮腫脹数字系列を呈示したときのチンパンジーの視線運動を計測した。前述の、タッチパネル・コンピュータをもちいておこなっている写真系列の課題と並行し、呈示された性皮腫脹段階をどのように知覚しているかを調べることを目的としている。この研究は科学研究費(基盤(S)・藤田和生、若手(A)・平田聡、若手(B)・井上紗奈)の助成を受けた。

野生チンパンジーにおけるオトナメス性周期とワカモノメスの行動との関係 (井上紗奈)
タンザニア共和国、マハレ山塊国立公園に生息するチンパンジーM集団を対象に、オトナメスの性皮腫脹段階の違いによってワカモノメスの行動が影響を受けるのか調査をおこなった。群れの同性メンバーの内的変化に対する思春期の個体の行動を、この野生下での調査とともに、飼育下での調査をあわせた比較をおこなっていく予定である。この研究は科学研究費(若手(A)・平田聡、若手(B)・井上紗奈)の助成を受けた。

野生チンパンジーのアブラヤシ食行動 (座馬耕一郎)
中島麻衣氏(京都大学)、Abdala Ramadhani氏(マハレ山塊チンパンジー調査プロジェクト)との共同研究。野生チンパンジーによるアブラヤシ食はアフリカ各地の調査地で報告されている。しかし、タンザニア共和国、マハレ山塊国立公園では、40年以上の長期調査がおこなわれているにもかかわらず、チンパンジーによるアブラヤシ食が観察されていないことから、アブラヤシを食べる文化はないと考えられてきた。本研究では1頭のワカモノメスによるアブラヤシの髄の採食をはじめて観察した。この新奇行動を観察したアカンボウ個体が同様の行動をおこなうのを観察したことから、今後この行動がマハレのアブラヤシ食の文化となる可能性が示唆された。この研究は科学研究費(基盤(A)・西田利貞)の助成を受けた。

野生チンパンジーの映像行動目録の作成 (座馬耕一郎)
西田利貞氏・稲葉あぐみ氏(財団法人日本モンキーセンター)、松阪崇久氏(関西大学)、William C. McGrew氏(ケンブリッジ大学)との共同研究。野生チンパンジーのさまざまな行動について映像で目録を作成し、単行本として出版した。映像は主に、タンザニア共和国、マハレ山塊国立公園に生息するチンパンジーM集団を対象に、西田氏、座馬、松阪氏が撮影したものを用いた。行動は、他地域、他種と比較し得るように、できるだけ細かく分類し、映像内に行動名や撮影者が表示されるよう編集をおこなった。

野生チンパンジーの寝相 (座馬耕一郎)
睡眠は大脳を休めるために必要な行動であり、ヒトではより快適な睡眠を得るためにさまざまな寝相をとることが必要であると言われている。大型類人猿はベッドをつくり睡眠をとることが知られているが、実際にどのような姿勢で眠っているかを調べた研究はほとんどない。そこで、タンザニア共和国、マハレ山塊国立公園において、野生チンパンジーの夜間行動を赤外線ビデオカメラで記録し、どのような姿勢で眠っているか調べた。また、昼間の休息姿勢については瞬間サンプリングで記録をおこなった。この研究は科学研究費(基盤(A)・西田利貞)の助成を受けた。

休息中の野生チンパンジー

霊長類におけるブドウ球菌生態学的調査 (洲鎌圭子)
佐々木崇氏(順天堂大学)との共同研究。ヒトおよび動物の皮膚・鼻腔内常在菌であるブドウ球菌属は、現在44種の記載がなされているが、一部の菌種では宿主特異性があることが報告されている。これまで哺乳類におけるブドウ球菌種の生態学的および進化学的データは、ブドウ球菌属が哺乳類の種分化とともに共種分化してきたことを示唆していた。本研究では、これまで調査数の少なかった霊長類を対象として、鼻腔内および会陰部に常在するブドウ球菌種の生態学的分布を調べ、種分化の関連性の解析およびブドウ球菌種の分岐年代の推定をおこなうことを目的とする。今年度、当センターからチンパンジー8個体の鼻腔内および会陰部のスワブ検体を提供した。

オナガザル2種の生態学的・社会学的研究 (田代靖子)
ウガンダ共和国カリンズ森林においてロエストモンキー(Cercopithecus lhoesti)とブルーモンキー(C. mitis)の野外調査をおこなった。両種の採食生態に関する資料および群れ間関係や遊動域の変化に関する資料を収集し、分析した。この研究は科学研究費(基盤(A)・五百部裕、基盤(A)・古市剛史)の助成を受けた。

相互行為論からみたチンパンジー乳児の運動パターン形成 (田代靖子・平田聡)
高田明氏・伊藤詞子氏 (京都大学)との共同研究。ヒトの養育者-乳児間相互行為の文化的多様性に関する知見を踏まえつつ、それと対比するかたちでチンパンジーの乳児が安定した運動パターンを形成していくプロセスについて明らかにすることを目的とする。チンパンジーの乳児とその母親を主な対象として、飼育者を含む他個体とのかかわりのなかで、歩行や授乳パターンをはじめとする運動パターンがどのように形成されていくのかに注目して、観察とデータ収集をおこなった。この研究は科学研究費(若手(S)・高田明)の助成を受けた。

チンパンジーと社会的カテゴリー (田代靖子・平田聡)
伊藤詞子氏(京都大学)との共同研究。ヒトである観察者が動物に自明のものとして当てはめるオス/メス、オトナ/コドモ、母親/子、優位/劣位といった区分が、当の動物たちにとって実際の相互行為のなかでいかに組織化されるのか/されないのかを明らかにすることを目的とする。観察の中心となった形態計測場面では、チンパンジーだけでなく、ヒトを含む相互行為が展開される。そこで、同種個体間、異種個体間で、どのように相互行為を組織立てていくのかに注目して、観察とデータ収集をおこなった。この研究は科学研究費(若手(A)・伊藤詞子)の助成を受けた。

自己認識のアイトラッキング研究 (平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心・井上紗奈・山本真也)
モニター上にチンパンジーの生の自己像を呈示し、これをチンパンジーが見た際の視線を視線検出装置によって計測した。さらに、チンパンジーの顔にシールを貼り付け、その自己像をチンパンジーが見た際の視線を計測するテストもおこなった。これまでの研究から、被験体のチンパンジーのなかにも鏡映像自己認識の証拠が得られている個体とそうでない個体がおり、その可否に応じて自己像の見方が異なる可能性が示唆された。現在も研究を継続中である。この研究は科学研究費(基盤(S)・藤田和生、若手(A)・平田聡)の助成を受けた。

他者の意図的行為の理解 (平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心・井上紗奈・山本真也)
明和政子氏(京都大学)との共同研究。モデルとなる人物やチンパンジーが様々な動作をおこなう動画をモニター上に呈示し、これをチンパンジーが見た際の視線パターンを、視線検出装置を用いて計測した。また、得られた結果を、ヒト乳児での同様の実験結果と比較した。現在も継続中である。チンパンジーは行為者の動作そのものに対する注目が強く、一方でヒトは行為者の顔を見比べる行動が高頻度に起こるという結果が得られている。この研究は科学研究費(基盤(S)・藤田和生、若手(A)・平田聡)の助成を受けた。

遅延自己像の認識 (平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心)
明和政子氏(京都大学)との共同研究。チンパンジーの自己認識能力に時間軸がどのように関与しているのかについて調べる実験をおこない、2008年度までにデータを収集した。このデータを分析し、チンパンジーの自己認識に時間的随伴性がどの程度の役割を果たしているのか検討した。この研究は科学研究費(若手(A)・平田聡、若手(A)・明和政子)の助成を受けた。

チンパンジーとヒトの眼球運動に関する比較研究 (平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心・井上紗奈・山本真也)
狩野文浩氏(京都大学)との共同研究。モニター上の様々な場所に短時間だけ呈示される静止画もしくは動画に対して、チンパンジーとヒトがどのような眼球運動をおこなうのか視線検出装置によって計測した。ヒトに比べてチンパンジーは注視時間が短い傾向にあること、およびヒトとチンパンジーとで注視点の移動のパターンが異なることが明らかになった。この研究は科学研究費(基盤(S)・藤田和生、若手(A)・平田聡)の助成を受けた。

チンパンジーの出産メカニズム (平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代)
竹下秀子氏(滋賀県立大学)との共同研究。ツバキの2005年7月の出産、ミサキの2008年6月の出産、およびミズキの2008年9月の出産の3つの事例に関して、生まれる際の赤ちゃんの体勢についてビデオ記録を基に分析した。その結果、3例とも、赤ちゃんの顔が産道から出る際に母親の背中側を向いていることが明らかになった。こうした産まれかたは従来ヒトに特有のものと考えられていた。出産メカニズムの進化に関してこれまでの学説に再考を迫る観察記録である。記録をまとめてBiology Letters誌に投稿し受理された。この研究は科学研究費(基盤(B)・竹下秀子)の助成を受けた。

出産時のようす

ナッツ割り道具使用の三次元動作解析 (平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心・井上紗奈・山本真也)
Blandine Bril氏・Gilles Dietrich氏(School for Advanced Studies in the Social Sciences)との共同研究。ナッツ割り道具使用の実験場面において、ハンマーの重さの違いに応じてチンパンジーの動作が異なるのか三次元動作解析によって検討した。軽いハンマーの場合はチンパンジーが大きな運動エネルギーを加え、重いハンマーの場合は小さい運動エネルギーを加えるという具合に、ハンマーの重さに応じて動作を調整していることが示唆された。現在も結果を解析中である。この研究は科学研究費補助金(若手(A)・平田聡)の助成を受けた。

ナッツ割り道具使用のハンマー選択 (平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心・井上紗奈・山本真也)
Cornelia Schrauf氏(Max Plank Institute)との共同研究。ナッツ割り道具使用の実験場面において、外形がまったく同じで重さが異なるハンマーを呈示し、チンパンジーが重さに基づいてハンマーの選択をおこなうのかどうか検証した。重さの選択に関して明確な偏りがある個体もいたが、そうでない個体もおり、個体差が認められた。ただし軽すぎて非効率的な重さを選好する個体はおらず、重さと効率の関係を理解していると考えられた。この研究は科学研究費補助金(若手(A)・平田聡)の助成を受けた。

脳波測定 (平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代)
東京大学21世紀COEプロジェクトとの共同研究。ミズキを対象として、2008年8月までに様々な脳波測定実験をおこなってきた。その中の、顔写真の知覚に関して、PLoS ONEに共著論文を公表した。また、名前の知覚に関する課題について、ヒト成人を対象に比較データを収集した。この結果についてCommunicative & Integrative Biology誌に投稿し受理された。この研究は科学研究費(21世紀COEプログラム・長谷川寿一、若手(A)・平田聡)の助成を受けた。

4Dエコーによる胎児・新生児の脳構造の精査 (平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心)
竹下秀子氏(滋賀県立大学)、酒井朋子氏(京都大学)との共同研究。2008年に出生したハツカとイロハを対象に、4Dエコーを用いて、胎児期から生後3カ月にかけての脳構造の画像データ得ている。このデータを基に、チンパンジーにおける脳構造の発達的変化をヒトとの比較において探る目的で解析をおこなっている。この研究は科学研究費(基盤(B)・竹下秀子)の助成を受けた。

食品目テスト (藤田心・不破紅樹・楠木希代・洲鎌圭子・平田聡)       
野生チンパンジーは、年間200種類以上の食物を食べると言われているが、飼育下ではこの品目数に遠く及ばない。このテストでは食物レパートリーを増やすため、飼育下のチンパンジーがどのようなものなら食べるかを調べた。1回のテストで、各個体に対して1品目を呈示し、積極性や食べる部位、摂食速度等を記録した。2011年3月時点で、106種類139回のテストを終えた。今後はテスト品目を増やすと同時に、食べなかった食品に対し、条件を変えて呈示することで、新しい食物レパートリーを獲得していくか検証する。

形態計測(不破紅樹・洲鎌圭子・平田聡・楠木希代・藤田心)
チンパンジーの身体的発達を把握するため、形態計測を継続した。長育、量育、幅育、周育に関する身体の代表的な部位41項目65箇所の計測を、毎月2回、各個体に実施した。縦断的に計測することで、チンパンジーの加齢に伴う身体的変化を把握すると同時に、運動能力など身体機能との関係を検証する。

視線検出装置を用いた道具使用テクニックの社会学習実験 (山本真也・平田聡・井上紗奈・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心)
他者の道具使用行動を映像で呈示し、他者の道具使用テクニックを観察学習できるかどうかを検討した。また、その際にチンパンジーがどこに注目するかを、視線計測装置を用いて測定した。他者のテクニックを観察によって学習する能力は、ヒトでみられる累積文化の基盤ともなる能力である。今後の分析を通して、チンパンジーとヒトの共通点・相違点を探り、累積文化の進化的基盤を解明することを目指す。この研究はボノボ(林原)研究部門寄附金、科学研究費(基盤(S)・藤田和生、若手(A)・平田聡、研究活動スタート支援・山本真也)の助成を受けた。

ブータンにおける環境教育に関する調査 (山本真也)
ブータン王国において、野生動物・環境教育に関する現地調査を実施した。野外でのフィールドワークのほか、小学校から大学まで計4校を訪問し環境教育に関するインタビューをおこなった。自然に恵まれた環境とはいえ、ブータンでも野生動物を見る機会は少ない。こうした状況下、ブータンの環境教育の根底にあるのがチベット仏教であるという。チベット仏教の経典には様々な動物が登場する。また、チベット仏教は、万物に精霊が宿るというアミニズム思想も内包する。このような仏教思想が根底となって、自然を畏怖する心が保たれている。自然を「保護」・「管理」するという日・欧・米で主流の環境保全とは、基となる思想の段階で異なっているようだ。環境教育のみならず、今後の科学の発展を考えるうえでも非常に有益であろう情報を収集した。この研究は科学研究費(研究活動スタート支援、AS-HOPE・山本真也)の助成を受けた。

アイトラッカー実験風景

野生チンパンジーの行動調査 (山本真也)
ギニア共和国ボッソウ村において、野生チンパンジーの行動観察をおこなった。ビデオカメラを用い、主に協力行動に関するデータを収集した。ボッソウのチンパンジーは、ヒトが通る村道を渡るときに集団での協力行動をみせる。渡るときの集団サイズ、渡る順序、見渡し行動などを記録した。発達的変化にも注目して今後の分析を進める。また、この道渡り時に、祖母が孫を背負って渡る行動が観察された。ほかにも食物分配や保護など、孫に対する祖母の養育行動がみられた。ボッソウの生態的環境・社会的要因も絡めて分析をおこない、ヒトを特徴づける祖母協力行動の進化について検討する。他の研究トピックとして、葉の薬用利用、採食テクニック、道具使用行動における道具の選択・事前準備、食物分配などにかんするデータも収集した。この研究はボノボ(林原)研究部門寄附金、科学研究費(研究活動スタート支援・山本真也)の助成を受けた。

野生ボノボの行動調査 (山本真也)
コンゴ民主共和国ワンバ村において、野生ボノボの行動観察をおこなった。ビデオカメラを用い、主に食物分配にかんするデータを収集した。これまでの分析から、①相手の要求に応じて食物の一部が受け渡される、②小片に分けて何回も分配される、③分配者の大半はオトナメスで、オトナオスは分配者にも被分配者にもなることは稀である、などが明確に示された。また、隣接群個体と果実を分け合って食べる場面も観察・記録できた。今後の詳細な分析から、分配-被分配者間の関係による違い、発達的変化、チンパンジーとの違いなどについて明らかにし、食物分配をはじめとする協力・利他行動の進化について考察を加える。ほかに、母親による過保護事例、隣接群との離合集散、道具使用行動などを観察・記録した。この研究はボノボ(林原)研究部門寄附金、科学研究費(研究活動スタート支援、AS-HOPE・山本真也) の助成を受けた。