2007年度研究内容

脳波測定 (平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代)
東京大学21世紀COEプログラムとの共同研究。前年度までに、聴覚刺激を用いた課題で研究手法を確立し、結果を解析して「PloS ONE誌(3 (1))」(2007年)に論文として報告した。この手法を発展させ、①呼名課題:名前の効果、②呼名課題:呼名者の親近性効果、③顔の特異性課題、④顔の親近性効果課題、⑤Biological Motion課題、⑥情動画像課題の各課題をおこなった。解析と測定ともに現在も継続中である。この研究は科学研究費(21世紀COEプログラム・長谷川寿一)の助成を受けた。

遅延自己像の認識 (平田聡・不破紅樹)
明和政子氏(滋賀県立大学)との共同研究。チンパンジーの自己認識能力に時間軸がどのように関与しているのかについて調べた。チンパンジーの顔周辺をビデオカメラで撮影し、①生の映像、②1秒/2秒/4秒の遅延時間をはさんだ映像、③違う時期に録画した自己像や他者像をそれぞれモニターに映し、チンパンジーの反応を記録した。5個体のチンパンジーのうち3個体では、複数の条件でモニターを見ながらの「自己指向性反応」が確認された。残り2個体では顕著な反応がなかった。条件間の反応の差を定量的に検出するためにはさらにデータを収集する必要があり、現在も実験を継続している。この研究は科学研究費(若手(A)・明和政子)の助成を受けた。

アラビア数字の系列学習 (平田聡)
1から9までのアラビア数字を序数として覚える課題を実施した。タッチパネル式モニター画面上にアラビア数字が現れ、それを「1」から小さい順にタッチするというものである。前年度までに、屋外放飼場の実験室に設置したタッチパネルを用いた実験場面を確立したが、今年度は新たに実験室内での実験場面も導入した。2008年3月末現在、ロイは1から9までの学習が完了し、ジャンバは1から8までを学習中、ツバキは1から5までが完了したところ、ミズキは1から8までを学習中、ミサキは1から4までを学習中である。学習が完了したロイについては、記憶法略や行動計画の研究に発展させる予定である。

アラビア数字の系列学習

子どもチンパンジーによる道具使用の獲得 (平田聡)
子どもチンパンジー・ナツキを対象に、道具使用行動の学習について観察した。放飼場において、2種類の道具使用場面(ナッツ割り、ハチミツなめ)を設けた。これらの道具使用を、ナツキ以外のチンパンジーは全員おこなうことができ、そうした他個体の道具使用を見ながらナツキが習得する過程を定期的に記録した。ハチミツなめは、前年度、ナツキが1歳2か月齢のときに初めて成功した。ナッツ割りは2007年7月、ナツキが1歳11か月齢のときにはじめて成功した。野生のチンパンジーがナッツ割りを習得するより早いペースであった。習得過程を「発達(112号)」(2007年)に発表した。

道具使用の獲得

メスの発情にともなう社会関係の変化 (平田聡・川地由里奈・楠木希代・佐藤信親・洲鎌圭子・田代靖子・難波妙子・藤田心・不破紅樹・吉川翠)
ミズキが性成熟を迎え、定期的に性皮の腫脹を繰り返すようになった。さらに、性皮腫脹の周期にあわせて、オス個体との社会的関係にも変化が生じるようになった。この点について詳しく調べるため、実験的場面を設けて観察した。具体的には、ナッツ割りの場面において、ミズキと他の個体との距離や社会交渉の有無及びその種類について記録した。ミズキの性皮が腫脹している時期にはロイやジャンバとの距離が近くなり、オスからミズキへのナッツの分配が見られた。ミズキが妊娠して性周期が見られなくなったことから、研究は終了した。得られたデータをさらに詳しく分析する予定である。

4Dエコーによる胎児の観察 (平田聡・不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心)
竹下秀子氏・明和政子氏(滋賀県立大学)との共同研究。ミサキとミズキが妊娠したため、それぞれの胎児の身体行動発達の様子を超音波画像診断装置(4Dエコー)で観察するプロジェクトに着手した。2005年度にツバキが妊娠した際、胎齢22週からの4Dエコーの記録を取ることができたが、今回はそれより早く、ミサキの胎児は9週齢、ミズキの胎児は4週齢からの記録をおこなっている。記録はミサキとミズキが出産するまで継続する予定である。この研究は科学研究費(基盤(A)・竹下秀子、若手(A)・明和政子)の助成を受けた。

チンパンジーの掻痒症と爪の長さの関係 (洲鎌圭子・不破紅樹・楠木希代)
2006年1月および3月に著しい爪長の短縮と皮疹をともなう掻痒症が発生したため、掻痒症指標としての爪長の変化について検討した。週1回の爪長の測定により、掻痒の発生にともなう著しい短縮を確認した。2007年度は爪の正常な状態を把握するため、爪上皮と爪甲境界部にしるしをつけて、爪の成長速度の測定を継続している。ヒトにおける爪の成長速度は年齢、性別、季節によって異なることを考慮し、3年間測定をおこない詳細に分析する予定である。

形態計測 (不破紅樹・洲鎌圭子・平田聡・楠木希代・藤田心)
身体発達という生理的現象の把握を目的として、形態計測を実施した。長育、量育、幅育、周育、歯の発育に関する身体の代表的な部位の計測および記録を、計35項目にわたり毎月3回各個体に実施した。今後は、計測で得られた結果の詳細な分析を進めると同時に、運動能力など身体機能との関係を検証する。

チンパンジーにおける快適温度の検証 (不破紅樹・洲鎌圭子・楠木希代・藤田心)
チンパンジーを飼育する上で、温度管理は重要な要素といえる。本研究は、第1放飼場に設置された温室の利用状況から、チンパンジーの快適温度について検証することを目的とした。のべ約120日間、日中の温室を撮影すると同時に、1日3回温室の温度を測定した。今後は、得られたデータの分析と補足実験を予定している。

快適温度の検証

精液の性状検査 (洲鎌圭子)
GARIの2頭のオスチンパンジーでは、ロイで5歳11ヶ月、ジャンバでは7歳5ヶ月齢で初めて射精がみとめられた。いずれの個体についても射精開始から精液検査を継続しているが、12歳に達した現在も量や生存率・運動率といった性状は安定していない。その原因の1つとして、同居メスとの頻繁な交尾が考えられるが、9歳頃から2個体とも頭部異常精子が目立っており、寒暑ストレスや環境ホルモンの影響も予想された。2007年度も引き続き精液の性状検査を実施したが、発情メスの影響や群れが安定していないことにより、人工膣での採精が困難になっている。3個体のメスのうち1個体は避妊中であり、2個体は2008年度中に出産予定であるため、メスの性皮腫脹が全くみられない時期に採精を再開する予定である。

非侵襲的試料を用いたボノボの遺伝学的実験 -個体識別への応用- (田代靖子・伊谷原一)
橋本千絵氏(京都大学霊長類研究所)他との共同研究。1973年から長期調査が行われていたコンゴ民主共和国ワンバ森林のボノボ個体群を対象とし、非侵襲的に収集したDNA試料(糞、尿、毛など)を用いて分析を行った。内戦による調査中断で個体間の血縁関係がわからなくなっていたが、ミトコンドリアDNAのd-loop領域を配列決定し、母親候補の配列と比較することによって、一部個体の名前が特定できた。残りの個体については、分析を継続中である。また、対象群ならびに周辺群の基礎資料としてDNAを採集している。この研究は京都大学霊長類研究所の共同利用研究、独立行政法人日本学術振興会先端研究拠点事業HOPEによる助成を受けた。成果の一部は論文で発表した。

ボノボの群れの合流にともなう社会交渉に関する研究 (田代靖子・平田聡)
コンゴ民主共和国キンシャサ市郊外に位置するボノボ保護施設「Lola ya Bonobo」において、2つの群れを合流させるときに見られた社会交渉に関する分析をおこなった。ボノボ特有の性器接触行動、親和的な交渉と考えられるグルーミング、敵対的な行動と考えられる攻撃について分析し、オスとメスの違いや、性器接触行動のもつ意味について考察した。この研究は独立行政法人日本学術振興会先端研究拠点事業HOPE、科学研究費(若手(B)・平田聡、基盤(A)・古市剛史)による助成を受けた。成果の一部を日本アフリカ学会大会で発表した。

ボノボの子どもの社会性の発達に関する研究 (田代靖子・平田聡)
ボノボ保護施設「Lola ya Bonobo」において、母子間の社会交渉や子どもの行動の発達にともなう変化について研究をおこなった。施設生まれの子ども6頭を対象に、子どもが周辺他個体との交渉を通じて社会性を獲得する過程について分析をおこなう予定である。この研究は独立行政法人日本学術振興会先端研究拠点事業HOPE、科学研究費(若手(B)・平田聡、基盤(A)・古市剛史)による助成を受けた。

食物選択行動の種間比較 -カフェテリア実験- (森村成樹)
5品目または10品目の食物を提示し、その好みを調べた。1日に4回同様の手順を繰り返し、採食1回ごとの採食品目数と好みの日内変化を分析した。チンパンジーとマカク類(ニホンザル、アカゲザル)で比較したところ、1回あたりの採食品目数はチンパンジーで有意に少なかった。1日では、両者に差はなかった。このことから、チンパンジーはマカクよりも何を食べるかについてより精密なイメージを持っている可能性が示唆された。マカクの実験は京都大学霊長類研究所の共同利用研究の一環で実施された。

食物選択行動

チンパンジーにおける食物の位置表象の理解 -食物指さし選択実験- (森村成樹)
食物選択場面での位置表象の理解について調べた。5つの穴に対応するように食物5品目を配置し、チンパンジーは穴を通して指さし、その食物を食べることができた。この条件に十分馴らした後、穴の位置と食物の位置をずらして選択させたところ、穴と食物の位置関係を保持して指さしをし、最初から食物を選択することができた。ずらしたことで、穴の下に食物がなく、他の穴の下に元の穴に対応する食物がある条件でも、食物と対応関係にある穴を指さすことができた。