チンパンジーえにっきイメージ

岡山県玉野市にあった類人猿研究センター(GARI)で研究のパートナーとして暮らしていたチンパンジー8人。
彼らのようすを、写真を添えてつづってきた2004年8月から2013年3月までの「えにっき」の記録です。

2005.8 「はじめての子育て」

ナツキが生まれてからもうすぐ2ヶ月が経とうとしています。
出産後、すぐにナツキを抱き上げスタッフを安心させてくれたツバキですが、実はその後、次から次へと心配事が発生しています。

-心配事その1「おっぱい吸わないで」-

ナツキが生まれてから丸2日間、ツバキは授乳をしませんでした。
「赤ちゃんはおっぱいを吸うものだ」ということが分かっていなかったこともありますが、もともとヒトにもおっぱいを触られることを嫌がっていたツバキは、自分の子どもが生まれても同じでした。
ナツキが偶然におっぱいを口にくわえた時も、ツバキはすぐに手でナツキの頭をはらい、吸うのをやめさせました。
この授乳の問題は、研究員による授乳介助により次第に解決し、生後1週間くらいで自力で授乳ができるようになりました。

ナツキもゴクゴクとおっぱいを飲み、ツバキもナツキの頭を手で支え、母子のほほえましい光景が見られるようになったのもつかの間、またスタッフを悩ませる問題が発生しました。

-心配事その2「そんなにしがみつかないで」-

出産から20日ほど経った頃、ツバキは育児ストレスを感じ始めたのか、ツバキの体にしっかりとしがみついているナツキの手をほどき、ナツキを床に置きはじめました。

通常のチンパンジーの子育てでは、生後3ヶ月くらいまでは母子はぴったりとくっつき、離れることがないと言われています。
赤ちゃんはお母さんのおなかにぴったりとしがみつき、うんこもおしっこもすべてそこでします。
それくらいずーっとぴったりとくっついているのです。
ところが、ツバキは、おなかにぴったりとしがみつく我が子を自ら離す行動に出ました。

真夏の蒸し暑い季節に、体にぴったりとくっつかれていたのでは暑くて暑くて嫌になる、という気持ちはわからないでもありません。
一方の、床に置かれたナツキは一生懸命お母さんをつかもうと、手足をジタバタさせます。
ジタバタさせながら「フッフッフッ」とフィンパーといわれる声を出し母親を呼びます。

ツバキはこの声が聞こえるとすぐにナツキを抱き上げました。

でも、この行動は次第にエスカレートしていきました。
初めはナツキをそっと床に置くだけだったのが、ナツキを床に置き去りにしたまま遠く離れるようになっていきました。
ナツキは「フッフッフッ」と声を出します。それでもお母さんは遠くのほうで、壁の穴越しに他の仲間と交渉しています。
ナツキは「フッフッフッ」でお母さんが戻ってこないと分かると今度は「ギャー」という大きな声で泣きます。
その「ギャー」が聞こえると必ずツバキはナツキの元に戻り抱き上げました。

母親が子どもを放置するのは、野生ではまず無く、飼育下で、自分たちに危険がない状況にあるから起こるとも言われています。

実は、ツバキが出産をした7月8日からツバキは他の仲間と離れて暮らしています。
そのため、床にナツキを放置したところで他のチンパンジーに取られるという心配もありません。

また、ちょうどこの頃から、ツバキ&ナツキが群れに合流できるようにするための、他のチンパンジーたちとの"お見合い"を始めました。
ツバキはやはり1日でも早く仲間と一緒の生活に戻りたいようでした。赤ちゃんがいるから群れに戻れないのだとしたら、赤ちゃんがいなければみんなのところに行けるのかも・・・という思いがツバキにあったかもしれません。

ツバキの育児拒否とも思える行動を引き出しているのは、単に「暑い」という理由だけでなく、いろんな要因からきている気がしました。

-心配事その3「おなかはやめて」-

最近ツバキはまた新たな行動に出ました。
おなかにくっついている赤ちゃんを背中に背負うことにしたようです。

チンパンジーの子どもは生後6ヶ月くらいになるとお母さんの背中に乗って移動するようになります。
でも、ナツキはまだ生後2ヶ月。寝返りも打てない赤ちゃんです。
それなのにツバキは、ナツキを背中にしがみつかせて、まるでウエストポーチをつけているかのように、身軽にスタスタと移動をしています。

おかげでナツキはおっぱいが飲みたいときもすぐには飲めず、必死でお母さんの腰にしがみついています。
見ているとナツキがちょっぴり気の毒になりますが、背中に背負うことにしてから、赤ちゃんを床に置く行動は減りつつあるようです。
落ち着きのないおてんば娘のツバキは、お母さんになってもやっぱりその性格は変わらないのだと思いました。

他のチンパンジーのお母さんと子育ての方法が違っても、ツバキはツバキのやり方でツバキなりの子育てをしています。
もともと子育ては「こうやるものなんだ」というルールにとらわれてやるものではないのかもしれないな、とツバキを見ていて感じました。
ただ、ナツキが無事成長してくれなくなれば、そんなことも言ってはいられません。

今もまだロイ・ジャンバ・ミズキ・ミサキとのお見合いは継続中です。

ツバキとナツキが無事群れに合流でき、安心して暮らせるようになるまでスタッフの心配は尽きません。

前のえにっきへ|次のえにっきへ|えにっきもくじ